
魔法にかけられた二時間
夢を信じるってすてきですね。
この映画を見て、久しぶりに「夢」を思い出しました。
どこまでもリアルな現実世界に迷い込んだのは、愛と夢を信じるプリンセス。
ふつうは現実社会の厳しさにもまれて、どんなに純粋な人でも、そのカラーに染まっていってしまうものですが、ディズニー映画を見ると、そんな現実も私たちの作り出した虚像のひとつなのかなぁと思ってしまいます。
自分の愛と夢を信じ続けた主人公は、過酷な現実社会のなかでも幸せな夢を見ています。
お伽噺だろうと、現実だろうと関係なく、良いときも悪いときも、「いい夢」を信じられる人が幸せな魔法にかかっているのでは、と気づかされます。
自分を見失うことなく、幸せな夢を信じ続けることができたら、それは「現実」になるのではないでしょうか。
シンデレラに白雪姫に眠り姫……ところどころにお伽噺のシチュエーションをストーリーに取り入れているのが、またいい味だしてますね。プリンセスストーリーの総集編という感じがします。
特典映像の未公開シーンはおすすめです。脇役に共感できてさらにストーリーが充実します。
お話のテンポをよくするためにカットしたそうですが、王子やナンシーのエピソードはそのまま本編に入れたほうがラストがすっきりしてよかったかも。
個人的な好みですが(笑)
幸せな夢を見ること、ずっと忘れていた気がします。
魔法にかけられた二時間でした。

あのドラゴンは微妙
メリッサが化けるドラゴンのCGは非常に微妙…あのシーン、凄く手間が掛かったんです!という割りに、メインのドラゴンのスタイルが間が抜けてる。可愛いくあってほしい訳ではなかったけどイマイチ迫力もないし…。あとエドワード王子も魔女メリッサも出番が少ない。全体的にエピソードが足りない。プリンセスっていってるけど、実際はそうじゃないよね?と見ながら思ってしまったし。まぁ歌は良かった、Happyになれるし。けど印象に残ったのが一曲だけってゆうのがまた微妙。そのセントラルパークのシーンがクライマックスだった気が。

世界はまるでディズニーランド
これは、ディズニー映画である。
ディズニーのアニメーションだ。
だが、ただのアニメーションではない。ちょっとした仕掛けがある。
映画が始まりーー
美しい森のなか、日が昇り、朝がきて、小さいけれど小ぎれいな家の窓が開き、歌いながらヒロインが顔をだす。
鳥たちも歌いながら、ヒロインにまとわりつく。
まるで映画「白雪姫」のようだ(主人公の名前はジゼル:白鳥の湖だけど)。
そして、彼女は、森で運命の王子さま(たとえではなく、本物の王子)にであう。
たちまち二人は恋に落ち、結婚を誓う。
が、そこへ、おきまりの悪いお妃(きさき)があらわれ、城に来たヒロインを底なしの井戸へと突き落とすのだ。
しかしヒロインは死ななかった。
井戸は、異世界への入り口であったからだ。
気がつくと、アニメのヒロインは、現実の女性となって、ニューヨークの街角に立っていた……
というのが、映画「魔法にかけられて」だ。
公開されたのは、ちょっと前だが、どうしても言っておきたいことがあるので、時季外れは承知の上で書かせていただく。
さて、現実の人間となったヒロイン(どことなく「ローマの休日」のオードリー・ヘプバーンに似ているのは作為的?33歳のエイミー・アダムスが好演)は、ニューヨークで数々のピンボケ失敗を繰り返す。
そりゃあそうだ。平和な森の中しか知らない、世間知らずのお姫さまなのだ。
ヘヴィなNYの生活に対応できるわけがない。
やがて、彼女は、子持ちの男性と出会い、大人の恋に落ちる。
そこへ、彼女を追って王子が現れ、さらに悪い妃(スーザン・サランドンが熱演)も登場し……
と、まあ、あらすじだけ書くと、ありがちな話なのだが、実は、わたしがこの映画に感嘆(感動じゃないよ)したのは、そこではない。
物語中盤、ヒロインは、おとぎの国から必ず助けに来るであろう、王子を探してニューヨークの街をさまよう。
そして、彼女はセントラル・パークにやってきた。
現実のパークでは、さまざまななストリート・パフォーマンスが行われている。(休日という設定だったかな)
風船が空に放たれ、吹奏楽がなり響き、アクロバティックなダンスが披露され、そして人々は歌をうたい、笑う。
それは、彼女が、おとぎの国の森で、動物たちと繰り広げていた、明るく楽しい歌とダンスにそっくりだ。
だから、ヒロインも思わずパフォーマンスに加わって踊り出す。
あ!ああ……これはどこかで見たことがあるぞ!!
だが、いったい、どこだ?何だ?
明るい空の下、極彩色の色の渦、音楽、踊り、そして歌……
そう、それは、ディズニー・ワールドで行われている、あのパレードそっくりなのだ。
ああ、なんとう力業(ちからわざ)!!
映画の中に、ディズニーの中で、もっともディズニーらしいパレードを再現するとは。
つまり、アニメの、おとぎの国から出てきたヒロインが、現実の世界で、自分の故郷(おおとぎの国)に似たものを見つけた、それこそが、ディズニー・パレードであるということなのだ。
この映画を観た人が、もし、もっとこの映画の余韻に浸(ひた)っていたい、いつまでも終わらない感動を感じていたい、と考えたなら方法は簡単、かれらはディズニー・ワールドへ行きさえすればよい。
下世話な言い方をすれば、「魔法にかけられて」は、映画の体裁をとった、壮大なディズニー・ワールドのプロパガンダなのだ。
しかし、不思議とあざとさは感じない。
おそらく、名人芸で一本とられた、という爽快感があるからだろう。
観終わって、良い気分になって、なんだかわたしもディズニー・ワールドへ行きたくなりました。


Disney Downhill
Disneyfilmshaveprettymuchgonedownhillsincethe"HunchbackofNotreDame"animatedmovie.Inthatfilm,theheroinekicksmeninthegrointomakeherescapeandthecomedyreliefisprovidedbyastonegargoylethatrelievesitselfbypassinggas.
Inthisfilm,wehavealivedogurinatingonthelegofaprinceandachipmunkthatdefecateswhenfrightened.
Isthiswhatpassesforfamilyentertainmentthesedays?

true love
面白いです。何より美術がいい。動物や虫が器用な動きをするCGは懲りすぎるぐらいだが、都会の害獣までもが愛らしく見える所が素晴らしい。照明の腕と美術設計のセンスからだろうが現実世界での色取りがアニメの様に鮮やかで配色の上手さが光る。最終的には軽い感じで手堅くまとまったテーマ性も、こういうタイプの娯楽映画では丁度良いのかもしれない。別にアニメの世界、おとぎ話を全否定しているわけでは無い。「夢見る少女じゃいられない」というのをクローズアップさせて作っているわけでは無い。現実世界の問題点を列挙して主人公が困り果てる様な深刻な作品にもしようと思えば出来るがそうはしていない。逆にアニメのパートと現実世界のパートを反転させて現実世界に疲れた娘がおとぎの国で癒されるといった話を作る事も可能だが、本作の製作者にそういう裏表を描く様な気持ちはこれっぽっちも無い。「truelove」というのがテーマなのだから。アニメの世界の女性と現代現実世界の女性を対比させて、もちろん私達は現代人だから現代よりに話を作るとこの様になる。本当の恋を見つけるアニメから抜け出た主人公の娘が中心のハッピーエンド。主に女性が対象となるのだろうが、主人公に感情移入して感動出来れば、作った人も演じた人もうれしいだろう。元々比較する事の出来ない二つの世界を対照させているので、深く考えるテーマとしては間違った選択なのだから深く考える様な作品では無いし、その様に作られている。お手軽に単純に楽しめばいい。